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オバマ大統領、ダライラマ14世と会談

 

 ご存じのように、さる2月18日、オバマ大統領がチベット仏教ゲル―派最大の活仏(仏でありながら衆生のために転生を繰り返すとされる者で、ダライラマは観世音菩薩の転生者とされる)ダライラマ14世と会談しました。最近ぎくしゃくしがちな米中関係ですが、これでまた火種が増えたわけです。中国語に「身不由己」(我が身を自分の意思通りにできない)ということばがありますが、オバマ大統領の難しい立場が透けて見えますね。

周知のように、米中関係は共和党政権において安定期に入り、民主党政権で緊張をはらむ傾向があります。例外は、カーター政権期における米中国交正常化ですが、これはデタントを模索する厳しい冷戦期であったことを差し引いて考えねばならないでしょう。二大政党の支持層は、ごく雑駁に言えば

 

 

階級

社会組織

共和党

アッパーミドル以上

企業、教会等

民主党

ミドル以下

NGO、労組等

 

 といった形で図式化できます。共和党は、対外的には安全保障に重心をおいた強硬ともとれる政策を展開しまが、国内産業界の利益を織り込んだ「リアリズム」をも追求します。一方、体内的には既存のナショナル?アイデンティティ(たとえば、R.ベラーの言う「市民宗教」)を重んじた、メルティングポット路線を基調とする傾向があります。妊娠中絶問題でも銃規制問題でも、「古き良き米国」を情緒的にちらつかせることが多いですね。共和党を支える教会内の福音主義者も、中国の抱える地下教会問題等よりも、米国内における未成年の妊娠、家庭崩壊、中絶などに強い関心をよせています。したがって、共和党にとっては、経済の新たな成長点として登場した中国との衝突点が、むしろ少ないのです。G.W.ブッシュ政権時代、米中関係は「史上空前の良好な関係」と称されるまでに至りました。

 一方民主党政権は、保守路線への行き詰まり感から新風を求める機運が生まれた時に登場します。ですから、既存のナショナル?アイデンティティが希釈され、サラダボウル的に再構築されることになります。カトリック家庭出身者としては初の大統領ケネディ、南北戦争以来の南部出身大統領となったカーター、初の有色人種大統領オバマ等、大統領の背景そのものがアイデンティティの再構築を象徴し、結果として民主党の大統領は、「米国的なる」理念をよりメタな次元に求めようとする傾向があります。オバマ大統領が「米国的なる」ものを巡って建国叙事詩にも似た就任演説を行ったのは、記憶に新しいですね。カーターは「人権外交」という理念の対ソ外交を展開、SDI構想等でソ連を追い詰めたレーガンとは鮮やかな対象をなしました。この点、やはり普遍的理念を動機とするNGO等の組織とは、協働の機会を持ちやすいと言えます。(例:ゴア元副大統領と環境NGOのタッグ関係)

 クリントン大統領は、現実的判断から最恵国待遇と人権問題を切り離すなど、中国に対して融和的な政策をとりました。それでも彼が支持者から受け入れられ、本来民主党支持層ではない人々からも支持されていたのは、何と言っても経済的成功が大きいと思います。90年代の米国を支えた「WIN-TEL連合」に代表されるハイテク産業は、中国において急激に市場を広げていきました。また、中国民航の分割民営化で雨後のタケノコのように数を増した航空会社は、大量の米国製航空機(そしてもちろん、欧州製エアバスも)を買い付けました。この点、オバマ大統領はその登場時期からして不幸でした。未曾有の金融危機直後に登場し、公的支援に対する世論の不満を一身に引き受ける形となりました。また、彼が支持層に約束していた健康保険改革等は、遅々として進みません。失業率は、相変わらず高水準で推移しています。人民元兌換自由化交渉では、中国から色よい返事をもらえません。これだけ八方ふさがりで、この上理念までおろそかにしてしまうと、民主党出身の米国大統領として、支持者から鼎の軽重を問われかねないわけです。

 そして、こうした懸念はコペンハーゲン会議で現実のものとなりました。直々に乗り込み、温家宝首相の説得を試みたオバマ大統領は、結局調整に失敗しました。結果として米国は、中国とともにCOP15を葬った張本人という汚名を着ることになったわけです。実にこのタイミングで、中国はオバマが環境とならんで大切にしなければならない理念、「人権」を抑圧するかの動きを加速させていきました。

 まず2009年の国慶節前後から、民主活動家の北京市外への追放や、各地の「地下教会」ないし「家庭集会」(事実上の国営「社会団体」である「三自愛国運動委員会」に属さず、登記ができないキリスト教教会)に対する弾圧(例:山西臨汾教会、北京守望教会、上海万邦教会、河南各地のバプティスト系教会等への弾圧、范亜峰氏等キリスト教にかかわる「公共知識分子」への圧力等)が始まります。11月、四川省で政府の再開発に伴う強制移住に抵抗した唐福珍さんが焼身自殺し、これを契機に全国の暴力的移住政策が次々と報じられました。12月には、発表後ほぼ1年を経た『零八宣言』の起草者の一人?劉暁波氏に政権転覆罪で懲役11年の判決が下ります。2010年に入ると、GOOGLEのGMAIL攻撃事件が、中国による言論弾圧を示す事件として米中間の摩擦を生みました。またこの時期、民主活動家馮正虎が中国側から入国を拒否され、成田空港で長期間にわたる「居座り抗議」を行ったことが、国際社会の関心を引きました。2月には2008年四川大地震の学校倒壊に関連して手抜き工事を指弾した譚作人氏が、政権転覆罪で懲役5年の判決を受けました。米国政府はたびたび懸念や改善要請を行ってきましたが、結局中国側からは一切妥協を引き出せませんでした。

 この期に及んで融和的態度ばかりを全面に出せば、世論が抑えきれないという判断も働いたのでしょう。オバマ大統領は台湾への武器売却を決定、またダライラマ14世との会談を強行しまし。台湾とチベットは、中国の主権をめぐる最もセンシティブな問題です。しかも、ウルムチ暴動事件以来、漢族の少数民族に対する感情が悪化しつつあります。中国側の警告を無視した一連の動きに、今度は中国側がメンツを失い、国内世論の圧力を受ける結果となっています。

 短期的には、今後現実主義と国内世論対策との間で綱引きが続くでしょう。米中双方とも、これ以上の関係悪化は望んでいません。経済的には、両国は互いを必要としているのです。米国が戦闘機の対台湾売却やオーバルホールにおけるダライラマとの会見を回避した点、中国が米空母の香港寄港を許可した点や米国債売却が報復行為ではないことをいち早く宣言した点等に、双方の気遣いが見えます。中国側も激しく反発しているように見えますが、台湾にせよダライラマにせよ、外交部の抗議声明は「強烈な不満と断固反対」という、至って平凡なことば(これは、米国国務省の対中人権レポートなどを批判する時にも使われる常套句です)で結ばれています。今後も米中関係は、当面ホンネとタテマエの齟齬の中で、低空飛行を続けることになるのでしょう。

 チベット問題についても、劇的な進展はありえません。チベット自治区に「高度な自治」を求めれば、法の前の平等という原則から、中国政府は200近い自治区、自治州、自治県に同一待遇を与えざるを得なくなります。恐らくはダライラマ14世も無理を承知で、「外圧」を利用しつつ条件闘争に持ち込む腹のはずです。せめて宗教組織運営の完全自治を獲得し(上述のように、現在は事実上の官製団体が各宗教を管理している)、もう一度チベット仏教の最高指導者として名実ともに復帰するといったあたりが、落とし所でしょう。もはや、総信者数が1億人を超えるとも言われるプロテスタント「地下教会」が抑えきれないことは、中国共産党自身がよく理解しているはずであり、水面下ではカトリック教会をめぐるバチカンとの折衝も時折行われています。この落とし所には、一定の現実味があると言えましょう。(この点で、中国側の公式な声明は相変わらず原則論的で「かたい」のですが。)ダライラマ14世の狙いがどうあれ、このかけひきに付き合わざるを得ないところに、米国政府のつらさがあります。

 中期的には、好転のシナリオ、悪化のシナリオが考えられます。好転の契機としては、米国の政権交代、米国の本格的な景気回復、ダライラマ14世の入寂等が考えられます。ただし、ダライラマ14世の入寂は、悪化の契機になる可能性もあります。これまでダライラマ14世の権威がかろうじて抑えてきた強硬派「青年会議」が、例えば米国人を転生者(ダライラマ15世)に指名するといった権謀術数を行使する可能性も否定できません。

 長期的には、言うまでもないことですが、中国側の政治改革がないかぎり、問題の根本は解決しません。

 

2010年3月2日

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