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延坪島砲撃事件をめぐる中国の立場と今後

 

 

  北朝鮮は、中国の体制維持にとってなくてはならない存在ですが、外交政策においては足手まといになります。ここが、中国にとってのジレンマでしょう。

  有体に言えば、中国は人の住めない過酷な環境と、十分な近代化、民主化を果たしていない国家に囲まれています。北方は砂漠と草原、西方は海抜3000メートル以上の高原と山脈、南方は熱帯雨林、東方は海洋であり、国境を接する国家の多くは、近代化や民主化において中国にさえ及びません。そうした中にあって韓国は、数少ない高度に成熟した市民社会を擁する、中国と地続きの民主国家です。つまり韓国こそ、多元化した市民文化を中国に流入させるかも知れない国家なのです。(しかも韓国は、中国の主権というくびきの下にある、香港やマカオとは違います。)かつて朝鮮戦争で中国が「志願軍」を送り排除しようとしたのは、米軍という軍事的脅威でした。しかし、今朝鮮半島をめぐる中国にとっての最大の脅威は、韓国の市民社会というソフトパワーなのです。

    事実中国には、韓国の「影」が様々な形で迫っています。その第一が、宗教でしょう。東北地方の朝鮮族キリスト教教会に韓国からの人、資金が流入していることはつとに知られていますが、これに加え、最近は北京、上海等の都市に「韓国人教会」が出現し、中国人の集う非公認教会とも一定の提携、交流関係を持つようになりました。また、ソウル市郊外の安山地区には、中国朝鮮族の出稼ぎ労働者が集う教会が多数存在し、ここで神学的訓練を受けた朝鮮族の中には、中国帰国後、非公認教会の牧師として活動する人がいます。(「非公認教会」とは、事実上の官製教団であるプロテスタント「三自愛国運動委員会」やカトリック「愛国会」に所属しない教会のことで、合法的地位を保証されていません。別名、「家の教会」「地下教会」等とも言います。)アフガニスタンで伝道中の韓国人牧師が拉致殺害された事件は、記憶に新しいですね。韓国ミッションには、戦略的に朝鮮族の神学教育を支援し、アジア諸国、特に中国への伝道に力を入れる動きがあります。昨今は、都市部の非公認教会に弁護士や大学教授など権利意識の高い高学歴層が集まる傾向があり、2008年の『零八憲章』(ネット署名が相次いだ、中国の民主化を求める憲章)にも、非公認教会に籍を置く署名者が数多く見られました。その提唱者である劉暁波氏がノーベル平和賞を受賞したことで、昨今署名者たちに対する公安当局からの圧力が強まり、「民主活動家」が集う非公認教会が、改めて当局から警戒されるようになっています。カトリックにおいても、韓国人神父が身分を隠して教区に入り込み、さまざまな活動に従事しています。また、韓国の教会系NGOが、中国各地で脱北者支援の活動をひそかに展開しています。こうした状況は、中国共産党が1950年代に完成させた(官製教団による)宗教の一元管理システムに風穴をあけ、「社会主義」「愛国主義」による共産党の社会統制をますます難しくしています。

    第二が、「韓民族ナショナリズム」です。2007年の冬季アジア大会で韓国女子選手が「白頭山(中国名:長白山)はわが領土」という横断幕を掲げ物議をかもしたことがありますが、韓国社会には遼東の一部を韓民族の故地と見なす風潮があります。韓国の『在外同胞法』(1999年)および同法への最高裁違憲判決(2001年)は、東北地方に迫る韓国ナショナリズムへの中国側の警戒心を一気にあおる結果となりました。おりから始まっていた中国の歴史研究プロジェクト『東北工程』(1997年~)が「高句麗は中華民族の国家である」との報告をまとめたことで、中韓学界が社会(特にネット社会)をも巻き込みながら激しい論争を展開しました。すでに経済的な韓国企業のプレゼンスは、特に東北地方、山東省で著しく、中国としてはこれ以上の韓民族ナショナリズムの国内浸透を許したくないところです。

そういう意味で、北朝鮮は韓国市民社会にとっては最悪の障害物であり、中国にとっては最善の防波堤だと言えましょう。中国共産党にとって北朝鮮は、防衛上と言うよりも、体制上の安全保障資源なのです。中国が北朝鮮の崩壊を望まないのは、発生する難民を恐れているのが主要な理由ではありません。従って中国の対北朝鮮外交の基本は、「活かさず殺さず」ということになります。死なない程度に、北朝鮮への経済支援を継続しなければなりません。しかし、それは北朝鮮が冒険主義に走らない範囲内の支援でなければなりません。このバランスが大切です。今年5月の訪中で金正日総書記が最新式戦闘機の供与を要請し、中国側に拒否されたとの情報もありますが、事実とすれば中国側の反応は当然のことでしょうね。

    ここ10数年のいわゆる「瀬戸際外交」によって、中国も北朝鮮が外交上では国益を損なうトラブルメーカーであることを認識しはじめています。だが、上記「活かさず殺さず」が第一原則となっているため、「六者会談」等のしかけを「時間稼ぎ」兼「制裁拒否」の言い訳に利用しつつ、苦しい対応に終始せざるをえないのです。日本が拉致問題で消極姿勢に転じ、韓国が太陽政策を放棄し、米国が北朝鮮の虚言癖に辟易し、北朝鮮自身が脱退を宣言した今、中国自身が「六者会談」の虚偽性をよく認識しています。(某中国外交ブレインは、筆者に「北朝鮮が核を放棄するなどと本気で信じているお人よしは、世界に一人(=ノムヒョン)しかいない」と発言したことがあります。)今回温家宝首相らが「六者会談」再開を呼びかけたのも、意味がないとは知りつつの、いつものポーズと言えましょう。また中国は、現在国内世論を抑えこまんと努めているはずです。北朝鮮を評価する中国人有識者は、筆者の管見の及ぶところ一人もいません。過去にも北朝鮮批判論文を掲載した学術誌が廃刊に追い込まれた事件がありましたが、北朝鮮を指弾する声が国内からあがることを、まずは防がねばなりません。これが対内的処置であり、対外的処置は当然米国が主な対象となります。

    今回は、対米関係でもすでに中国にとって痛い失点がありました。これまで黄海入りをひかえていた米軍が、ついに韓国との海上合同演習を黄海で実施するにいたったのです。中国は「EEZ内では許さない」との条件闘争へと路線変更し、米国もこれを尊重したために、ようやく面目を保つ格好になってはいますが。しかしこれからも、中国は厳しい対米交渉を強いられることになるでしょう。

    今後中国は、これ以上の失点を避ける意味でも、北朝鮮にこれ以上事態をエスカレートさせぬよう、強い警告、申し入れをすることになるでしょう。無論、北朝鮮は自らをシケインに使う中国の足もとを見ており、警告がどこまで有効かは不明ですが。あるいは鉾をおさめる条件に、より大規模な支援を求めてくるかもしれません。(この意味で、砲撃事件直後に金正日総書記が中朝関係を称賛する講和を行ったことは、意味深ですね。)その場合中国は、国際世論の反発を見極めつつも、前向きに検討するはずです。また、安保理等の場で制裁が審議される場合には、これまで通り最大限の抵抗を試みることになるでしょう。この状況は、米国が軍事オプションを真剣に検討する(つまり、中国がこれまでやってきた時間稼ぎが通用しなくなる)まで、続くはずです。

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