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尖閣諸島海域衝突事件雑感

 

 

 

    中国共産党の合法性は、レーニン『帝国主義』論の延長線上において、もっとも理想的に担保されていました。資本主義の最終形態は帝国主義であり、ゆえに弱小民族を解放する闘争と、万国の労働者を解放する闘争とは、全く矛盾しなかったのです。ここに、民族的使命(民族主義)と階級的使命(社会主義)との共存が実現しました。しかし、80年代以降本格化する改革開放路線は、少なくとも技術的次元において資本主義を導入し、結果として中国人民の価値観も、すさまじい世俗化の波を被ることになりました。こうして階級的使命が形骸化し、いわば民族的使命の片輪走行が始まります。中国共産党が引き続き合法性を守ろうとすれば、この片輪を増幅してゆくしかありません。80年代後半には「中華民族多元的一体化論」(社会学者費孝通による)という民族主義の「神学」が提唱され、90年代に入ると「愛国主義教育」が強化されました。そして、90年代後半に実現した香港、マカオの返還は、時宜にかなった民族的使命の祭典ともなりました。対日関係では、この過程で第二次世界大戦時の被害者に対する個人補償が叫ばれるようになり、領土問題でも態度の硬化が見られるようになりました。

 民族的使命頼みの構図は、現在の第四世代指導集団(胡錦濤世代)においても変わっていません。第四世代は、そのスタートにおいて党綱領を修正、中国共産党を「中華民族の前衛」であると位置づけました。ただし、民族的使命を強調しようにも、第三世代に比べて明らかな材料不足に陥っています。第三世代は第二世代の遺産に依存する形で、香港、マカオ返還という偉業を演出することができました。これに比して、第四世代は宇宙開発、空母建造、GDP伸張といった事象に依存せざるをえません。香港、マカオは主権という民族の生命線に関わる一大事であり、宇宙開発や空母は、その象徴的意義で遠く及びません。この状況下で、まさにその主権にかかわる尖閣諸島問題で日本に安易な譲歩をすることは、政治的自殺に他なりません。

    第四世代指導集団には、他にも固有の弱みがあります。第一が、対党内関係。第四世代指導集団は、薄熙来(重慶市書記)のような軍との関係が深い「太子党」との間に、一定の緊張関係を持っています。合法性喪失につながるような「軟弱」な外交姿勢は、党内の競争相手を大きく利することになるでしょう。第二が、対軍関係。もとより軍内には、戦闘経験を持たない第三世代以降の指導者から冷遇されているとの声もあります。また、何の補償も得られない中越戦争帰還兵が、しばしば待遇改善を求める組織的なデモやストライキを行っています。組織性のある帰還兵の活動に、当局は手を焼いています。対日譲歩は、更に軍内の不満をあおる結果になりかねず、政治的リスクが高いのです。第三が、対人民関係。出稼ぎ農民の待遇改善を要求したストライキ、土地収用をめぐる民衆と政府の衝突など、急ピッチの開発のかげで諸矛盾が先鋭化しています。国内外のいわゆる民主活動家も、この点をついて中国共産党の合法性を疑問視ないし否定しています。彼らは、劉暁波氏のノーベル平和賞受賞を機に、ますます勢いづいています。(反動として、民主活動家のWEBサイトが、中国ハッカーの激しい攻撃にさらされています。)福建省は農地に乏しく、民衆が漁業、出稼ぎ、密輸などに依存して糊口してきた歴史があります。今回の事件も、豊かな漁場を求めた福建漁民があえて冒険に出た結果であると言えましょう。そうした漁民の利益を代弁しない政府ということになれば、合法性を否定する声に絶好の材料を提供してしまいます。第四が、国民党の台頭。台湾における国民党の台頭は北京が望んだことでもありますが、皮肉なことに、これが民族的使命の「最低合格点」を引き上げる結果にもつながっています。そもそも共産党には、国民党が民族的使命をないがしろにし(「抗日に消極的だ」という非難)、階級的使命を無視している(「一部高官に富が集中し、腐敗が激しい」という非難)との主張に基づき、自らの合法性を確立したという過去があります。無論これには共産党が作りだした仮象もあり、例えば蒋介石などは、死ぬまで「沖縄は中国領土だ」と主張、領土問題、主権問題では日本に譲歩しようとしませんでした。現在の国民党も、主権や領土については対日譲歩を見せていません。そして、IT革命後の今日、蒋介石時代とは異なり、北京が情報操作によって「国民党の売国」といった仮象を演出することは、もはや不可能です。中国人民は、2008年の台湾遊漁船沈没事件をめぐる国民党の毅然とした態度も知っています。こと「愛国」に関して、共産党が国民党に負けるわけには行きません。かつて「抗日に消極的」と非難した国民党のこうした姿勢が、皮肉にも今は中国共産党にとっての「最低合格ライン」を引き上げてしまったのです。対日融和で問題の解決をはかると、国民党との比較でも合法性を問われてしまう可能性があります。

 以上の理由から、中国共産党は、少なくとも表面上、強硬姿勢を貫かざるを得ません。しかし当初は、事態のエスカレートを望まないという明確なメッセージも、処々に見てとれました。

 第一に、党の主管する報道機関は、事件について一貫して抑制した報道しか行っていませんでした。この点は、自己採算で商業性の強い中国の「都市報」が、ほぼ連日同事件をトップで報道していたのと鮮やかな対照をなします。第二に、中国側の対応は一貫して受け身でした。中国外交部は数度にわたり丹羽大使を呼びだし、漁船船長の即時釈放を強く求めました。8日には李克強副総理より、日本からの経済訪問団に対して「憂慮」が伝えられました。進展がないと見るや、3日目にしてようやく「監視船」の派遣を発表します。(この措置は、2008年の台湾船沈没時に台湾が巡視船を派遣したという事件が、中国にとっても「不幸」な前例になってしまっていると考えられます。しかし、派遣したのが軍船でないという点に、中国側のメッセージと「知恵」を見てとることができます。)さらに、日本側が船長に対する10日間の拘留を発表したのを受けて、ガス田共同開発交渉の延期(中止ではない)という対抗措置を発表しました。また、日本の調査船に対する中国公船の警告という、これまた形式的な対抗措置をとりました。自らは、決してエスカレートの引き金を引こうとはしなかったのです。

 恐らく中国側は、こう考えていたのでしょう。「世論をおさえることの難しさを、日本側は理解しているはずだ。我々は、長くは耐えられない。日本の検察が10日間の船長の拘留を発表したのは、『こちらにも守るべき建前があるのだから、10日間だけなんとかしのげ』という意味であろう」と。実は私も、てっきり「船長は10日間で釈放され、この事件はうやむやのうちに終わる」と読んでいたのです。驚いたのは、日本の検察が10日間の拘留延長を発表した時です。不意打ちをくらったのは、中国側も一緒でしょう。この段階で中国側は、日本側との「腹芸」に見切りをつけたはずです。後は、実効のある圧力とデモンストレーションで、日本側に翻意を促すしかありません。それでは日本側に恥をかかせることになるわけですが、中国側も10日が限界で、選択の余地がなかったのでしょう。

 「尖閣諸島の領有権は日本にある」と、日本人のひとりとしては言わざるを得ません。しかし(ここで詳しく述べませんが)歴史を振り返ると、中国側の言い分にも一理あるのは事実です。領土問題と言うのは、たいてい双方に言い分があるものです。そうである以上、一度のケンカで決着をつけようというのは無謀な話。ましてや日本は尖閣を実効支配しているのですから、あまりよくばらなくてもよいのです。1点でも2点でもポイントゲットしたら、時を選んで撤収するというのが上手なやり方でしょうね。しかし下手なバクチ打ちほど、勝っている時に撤収する勇気を持てないものです。10日間の拘留で日本の国内法で処理したという実績を作ったのに、まだ拘留を続けると発表したのを聞いた時、私は「ああ、民主党はケンカの仕方を知らないな」と思いました。

 日本は、勝ちに乗じて撤収ができませんでした。結果として、「中国の圧力に負けて撤収した」という、極めて不名誉な前例を残してしまいました。昨日(10月16日)の成都等におけるデモといい、後遺症はいまだに続いています。願わくは、今回の事件がよき学習の機会でありますように。

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